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ブラタモリ 小田原放映と新しい小田原城のことなど [小田原城址公園]

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23日放映のブラタモリをご覧いただき、フェイスブックでは、多く方からいいね!やコメントをいただきました。ご覧になっていない方はこちらで見られます。

http://www.ani88.com/video/54837/

今回のブラタモリでは、担当ディレクター氏は、某大学考古研出身の方でしたが、小田原には20回以上も来てあちこち歩いています。そのうち、総構は山本篤志さんの案内で3日間歩き、小田原用水・東海道町屋部分は小田原出身で弘前大学準教授の平井太郎さんが、それ以外は私は3回ほどでしたが、小田原市文化財課の佐々木健策さんは20回ほど現地を歩いたようです。相当な準備をされて、シナリオを作られたようです。

今回の放映では、いくつかの新知見が披露されています。
従前のまた、従来のものも改めて視覚的に表現されているものもあります。

そのうちのいくつかを放映順にご紹介します。


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上の地図は「赤色立体地図」といわれるもので、ブラタモリでは必須うのアイテムになっています。アジア航測の千葉達朗さんが独自開発によるもので特許を取られているようです。
http://www.tbs.co.jp/yumetobi-plus/backnumber/20120826.html


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点目

箱根の噴火がもたらす複雑な地形

66千年前の箱根の大噴火による火砕流(東京軽石層)が開析されて小田原城一帯の複雑な地形を作り出し、その地形をうまく利用しながら城作り(縄張り)が行われたという点。
天守閣の乗せる八幡山丘陵と北側の谷津丘陵、南側の天神山丘陵の三本の尾根とその起点となる小峯御鐘ノ台の西側の両側から浸食された大きな谷地形が箱根からの攻撃を防御する重要なポイントです。

なお、東京軽石層は、とてつもなく大きな噴火でその火砕流は大磯丘陵を越え、直線距離で50㎞を越え横浜あたりまで到達しています。

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点目

小田原北条氏の最大版図は関八州に加え、信濃・甲斐をも含んでいたということ。

タモリさんが地図にハメた北条の領域の範囲に驚いた方も多かったと思います。天正10年、武田勝頼が滅亡、そして本能寺の変で織田信長の滅亡により、北条氏は、信濃、甲斐に侵攻し、一時的ですが、信濃のうち、小県郡、佐久郡、諏訪郡、伊奈郡北部、木曽郡と甲斐の東部・郡部、駿河の御厨(御殿場)が北条氏に属していたといえます。この時点での北条氏の領国は最大となったものですが、直後の10月には徳川家康との和睦が成立し、信濃・甲斐から撤収します。

この図は、天守閣耐震改修の新たな展示に使われる小田原北条氏の最大版図を示す図を基にしていますが、天正10年の夏から秋の2か月ほどの期間であり、それも安定しているとはいえませんので、多くの議論があるものと思います。

とりあえず、私の担当した部分について記しましたが、他の方の部分についてはそのうちに書きたいと思います。




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コメント 2

ひー

観ました!録画しました!
私の長年の夢はタモリさんに遭うこと!
ああ・・・・

遭いたかった!
by ひー (2016-01-25 16:02) 

ジュンクワ

ひーさん、タモリさん、テレビ画面と変わらず良い人でした。
本当に何でも言っていて驚きました。

by ジュンクワ (2016-02-23 21:19) 

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