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柏峠産黒曜石の大量出土 三芳町中東遺跡 [旧石器]

ようやく腰痛も治り、普通の生活ができるようになりました。年に一度は動けなくなるのですが、最近はその回数が減っていたのですが、さすがにこの半年の疲れがでたのでしょう。

 

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5月1日の東大での発表にあわせて、埼玉県三芳町中東遺跡の資料調査に行ってきました。昨年の石器文化研究交流会ですでに発表され、資料展示もされていましたが、なにしろ、柏峠から遠距離移動によって大量の原石が搬入されているという、驚きの石器群を発表前に再度確認したかったためです。http://jun3519.blog.so-net.ne.jp/2009-11-22

三芳町の大久保淳さんに連絡を取り、4月30日に伺いました。東部東上線みずほ台駅で待ち合わせて整理室に連れて行ってもらいました。

昨年か秋からは接合作業が進んでおり、石核には多くの剥片が接合しており、原石の状態もある程度復元できるものになっていました。

写真は中東遺跡第2地点出土の石器群ですが、すべて柏峠産黒曜石です。出土層位はⅨ層で2箇所の石器集中からのものです。出土石器は1400点でそのうち1369点が黒曜石でそのうちの1336点が柏峠産と推定されています。

写真で見てもわかるように原礫面がかなり多く認められ、遺跡へは原石の状態で搬入されたものと推定されます。それも10cmを超えるサイズの角礫のようです。

ちなみに相模野台地では砂川期並行と考えられる本蓼川遺跡や南鍛冶山遺跡などで柏峠産黒曜石主体の石器群が検出されていますが、これらは10cm以下のサイズの原石が搬入されています。

いずれにしても、柏峠黒曜石原産地と中東遺跡との距離は100km以上も離れているので、どのような経路で遺跡にもたらされたのか興味深いです。

現在、大久保さんによって整理作業が進められています。これだけ接合していると遺跡内での動きにも興味深いですが、遺跡と原産地との関係などどのような見解が示されるのか楽しみです。

大久保さん、忙しいところお付き合いいただきありがとうございました。


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